人生を生きるヒントを探している人はいっぱいいる

こんにちは。
長友章二郎です。

人生って悟れるものなのでしょうか。
年を重ねれば重ねるほど
人生をよりよく生きるためにはどうしたらいいかと
その思いは深く強くなる一方のような気がします。

僕はいつからかスピリチュアルというものをより深く考えるようになりました。
若い頃、仕事のことばかりに必死だったころは、よく理解してませんでしたが、
独立して仕事を始めたころから、自分と人生のありかたを考えるようになり、
心の内面を見るスピリチュアルについて、少しずつ関心を持ち始めたのです。

ただスピリチュアルのことを互いに話せる人は周囲にはいなくて、
特に男の人はスピリチュアルに理解を示しているかどうかは
仕事や友人関係の中ではなかなかわからなかったことを覚えています。

たいていのワークショップでも自分以外はほぼ女性でした。

いまでもそれはどうしてなのかなと思います。
ちょっとしたチャンネルの違いなのだけどなあと思うのです。

男の人に限らず、一般的にスピリチュアル自体は誤解が多いものです。
なぜなら、強い人、人生がうまくいっている人はスピリチュアルに関心をもつことはなく、
自分に自信がなかったり、周囲の人とのコミュニケーションがうまくいかなかったり、
意志が弱かったり、自尊心の低かったりする人たちが関心をもつために、
心の強い人から見れば、弱い人をだましているかのように思うのでしょう。

占い、パワーストーン、パワースポット、
浄化グッズ、アロマグッズ、オーラ、天使、etc.

これらはスピリチュアルの一部ではありますが、これがスピリチュアルそのものではありません。
これらはほんの入り口。

僕が考えるスピリチュアルとは、
「人としての成長をうながし、よりよい人生を生きるための智慧を得るための学び」だと思っています。

その学びの中に、いろんな弱さを持つ人や生い立ちの中での苦労がある人や人生での大転換を経験した人にとって、
救いとなり、前に進む原動力となるようなものがたくさんあるのです。
僕自身それに気づいたとき、スピリチュアルから得られるものの大事さを知りました。

必要としてない人には必要のないものと思うでしょうが、
スピリチュアルの智慧は、人間であるなら、どんな時でもどんな人にも役に立つものです。
スピリチュアルを批判している人でも、いつ自分が人生のがけっぷちに立つか予測はつきません。

どんなひとでも、苦境に陥ったり、どうしていいかわからなくなったり、
突然の変化にとまどったりして、悩み、迷い、困るという経験をするものです。
そんなとき、だれでも、何かに祈り、何かを願い、助けてほしいと思うことがあるはずです。
その何かの正体は?
そして、なぜ願いがかなったのか、祈りが通じたのはなぜ?と思いませんか。
人とのコミュニケーションがうまくいかないときに
気持ちのもちかた、考え方を変えると不思議とうまくいくことがあります。
それはなぜ?
その謎解きは今に始まったものではありません。僕だけが思ったわけでもありません。
その謎に答えてくれるのがスピリチュアルなのです。

スピリチュアルは形而上学(けいじじょうがく)としてとらえられると考えています。
形而上学とは、人間がなぜ存在するのか、その意味は何か、神や世界、魂などを研究対象とする学問です。
自然界、時間、神の存在と本質、物質と精神、現実の世界と心などを探究するこの学びは
人類が太古の昔から取り組んできた学びなのです。

哲学、心理学なども形而上学で、これらはある定義のもと、カテゴライズされたものですが
それらに分類されないものが多数あります。
宗教は形而上学側にあり、多くの智慧の探究においては同じですが、信仰や教義という部分は形而上学にないものです。
(霊的現象に関しては僕は専門外なので、あえて触れないことにしています)

こういうものをスピリチュアルと呼んでいるのです。
少し前まで、精神世界という言葉が多く使われていました。
知識としては膨大です。図書館に行けば数多くの書籍の蔵書があります。
なにしろ、太古の昔からの人類のテーマなのですから。

精神世界という言葉もいいのですが、僕はスピリチュアルという言葉を選んでいます。
怪しいイメージと思われているような気がしますが、
それは理解できない人、まだ必要のない人が思うことだと思うので
僕はこれからもスピリチュアルという言葉を使っていきます。

セミナーなどではわかりやすくかみくだいたところから入っていくようにするのですが、
さっき書いたグッズや占いで一喜一憂する人が多いうえに、
そこだけでビジネスになっているから誤解を受けてしまうのです。
グッズや占いがいけないというのではありません。
入り口ですから誰もが通る道なのです。

メディアで扱われるスピリチュアルと呼ばれるもののほとんどが
わかりやすいほんの入り口であり、
うわべの、ライトで、マイルドなものです。
それをスピリチュアルのすべてとは思ってはいけません。

ただ、スピリチュアルは完全に定義されたものではないので
ここに書いたことも必ずしも正解とは限りません。

僕はタロットについて、詳しく学び、そして今は教えています。
タロットは占いの道具として広く知られていますが、
それはほんの一部しか活用していない状態で、
タロットには深淵な叡智が込められたひとつの書物なのです。
スピリチュアルのドアをたたき、中に入りたいと思った人は
その叡智を吸収することができると思います。

隠者というカードがあります。
隠者は賢者であり、たくさんの智慧を持った人です。
右手のランプは、その智慧を学びたい人のために
灯台のように掲げて、ここにくればその智慧が学べると導いてくれています。

僕はカモワンタロットに込められた数々の智慧を
人生を生きるヒントとして伝えていきたいと思っています。

2018-05-15 | Posted in タロットのこと, 日々思うことComments Closed 

関連記事