人間至る処青山あり

投稿者: | 2016年10月20日

私は、生まれた土地は宮崎市なのだけれど、
父の仕事の関係で中学3年まで4回引っ越して、
高校生のとき、ようやく宮崎で過ごしたのだが、
大学時代は県外にでて、その後就職で大学時代に慣れ親しんだ土地を離れた。
その後も4回引っ越して、何の因果か今は平戸に住んでいる。

12回引っ越して7つの街に住んだ。
同じ住まいに住んだ期間は最長で8年である。
平戸に越してくる前に、福岡の郊外に持ち家を持ったときは、
まさか7年半で引っ越すとは思っていなかった。

平戸に来て知り合った人は平戸で生まれ育った人たちばかりで、
しかも平戸以外に住んだ経験がない人がほとんどだ。
まるで私とは真逆の人生を歩んでいる人たちが多い。

私は小学生のときに2回転校し、中学も小学校の校区ではないところに行ったので、
幼馴染みのような友達がいない。
だから子どもの頃からの友達がいる人がうらやましかった。
郷里にずっと住み続けて気の置けない人とのコミュニティがあるというのは
私には無縁のことだった。

今平戸でそんな人たちに囲まれて
ちょっとだけコミュニティの仲間に入れてもらっている。

気づいたら平戸にいて、今6年住んでいて、
もちろんここの暮らしには慣れた。
でも根を下ろしている実感はなく、
実はいまだに、ここに住んでいることを現実のように思えずにいるところがある。
もしかしたら、また何処かに行くことになるのだろうかという思いがなくならない。

それが不安なわけではないのだけど
自分の人生はそういうものなのかなとずっと思っていたが
最近、この言葉に出会った。

「人間至る処青山あり」

人はどこにでも骨をうずめる場所はある。
だから、躊躇せずにどこにでも行って活躍の場をつくるといいのだ
というような意味である。

私の座右の銘は、「人生はケセラセラ、明日は明日の風が吹く」である。
だから気に病んでいるわけではない。

そんな私を表しているのはこの
「愚者」のカードだろう。

00LE・MAT

愚者は何にも執着しない。

そして、目指す目標をもっている。
執着しないどころか身なりにさえ無頓着である。

私もまだ叶えていない夢がある。
その夢に向かって、この愚者のように、
何にも頓着することなく、進んでいこうと思う。